三木重頼
(?〜1504)
修理亮

三木氏3代目で、優良な木材と益田川による運搬を完全に掌握した重頼は、積極的に勢力範囲を拡大させようとした。
1504年7月、信州木曽郷に侵略し、王滝にて当時の木曽当主義元を討ち破る。しかし、飛騨への帰路の途中の宮島で 義元の重臣・古幡伯耆の待ち伏せにあい、重頼以下473人が全滅する。(源平宮島の合戦)
桜洞城の築城を始めたのは重頼とされている。