三木良頼
(?〜1572)
三木直頼の子、右兵衛尉・大和守・飛騨守・従三位

桜洞城を拠点に飛騨北部への侵略、朝廷にも積極的に働きかけ、姉小路氏を無理やり継承した。
1556年3月、古川、小島、向の3城を攻める。
1558年正月に、従5位下飛騨守となる。この頃、姉小路家が衰えたのに乗じてその勢力をおさえ、山田紀伊守、高山外記などの豪族を攻めて、大野、吉城郡の中央を占領する。
1559年秋に、子の光頼(自綱)が国司号を許されたことに対し、同年冬に礼物を献上。
1560年2月、従4位下、1562年2月、非参議従三位となる。藤原嗣頼と改名し、この頃から姉小路氏を称する。
1561年3月に参議となり、古川国司と称する。
こうして良頼は主家である京極氏にかわって守護となり、姉小路氏を称して国司家を継ぎ、武家でありながら参議に任ぜられ、姉小路中納言といった。