三木顕綱
(?〜1583)
三木良頼の子、鍋山城主

飛騨北部への勢力拡大のため、鍋山安室の養子となった。その後、安室を毒殺し養母も追放して鍋山城主となる。 しかし、天正11年(1583)、兄である自綱打倒の陰謀を企てたとして、刺客の手にかかって妻共々殺害された。 これは甲斐武田氏の調略にかかったともされている。