三木秀綱
(?〜1585)
三木自綱の二男、三木氏最後の当主、飛騨国司

1583年、顕綱と信綱が謀反の疑いで殺されたため、鍋山城に入る。
翌年松倉城に移ったが、父自綱が佐々氏に同調して秀吉に抗したため、天正13年(1585)秀吉配下 である金森長近に攻められる。落城後は信濃に逃れるが、南安曇野郡で土地の者に殺されたとされている。