六角定頼
定頼像
画像/情報提供:より氏
近江の国、蒲生郡と神崎郡にまたがる観音寺山一帯にあった日本中世城郭を代表する山城・観音寺城の城主。 六角氏は、鎌倉時代から近江国守護職を伝える由緒ある家柄で、近江源氏の名門・佐々木氏の惣領家であった。
六角定頼が活躍したのは、大永〜天文期(1521〜1555)の戦乱の世。天文15年(1546)には、「流れ公方」と呼ばれた十代将軍足利義稙の近習 として活躍し、のち観音寺山西側に位置する桑実寺(安土町)に仮幕府を構えた十二代将軍義晴・十三代将軍義輝を擁して再三上洛し、畿内の政争 にも関与。近江国内では、当時北近江で勢力を伸ばしていた京極・浅井氏をおさえ、戦国大名・六角氏としての盛期を築き上げた。
(銅像傍の看板より)
きぬがさ山トンネルの旧五個荘町(現東近江市)側に銅像があります。